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和歌山地方裁判所新宮支部 昭和33年(モ)60号 判決

債権者 草加与兵衛

右訴訟代理人弁護士 馬瀬文夫

同 荻矢頼雄

債務者 後藤真一郎

右訴訟代理人弁護士 伊藤淳助

同 井上吾郎

主文

債権者と債務者側の、当裁判所昭和三三年(ヨ)第三〇号不動産仮処分申請事件につき、当裁判所が同年六月九日発した仮処分決定は、これを認可する。

訴訟費用は債務者の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

第一、被保全権利の存在。

一、本件山林及び旧立木に対する債権者の所有権。

成立に争いのない甲第一及び二号証≪中略≫を綜合すると、債権者が、昭和三年六月一七日、訴外東正実及び斎藤均治から、右両名共有(持分各二分の一)にかかる本件山林、及び、その地上に生立し立木に関する法律による立木登記をした旧立木を、代金六六、五〇〇円で買受けてその所有権を取得し、これが引渡を受けた上、代金はその後木材相場の値下りがあつたため、これを代金六五、五〇〇円に減額を受けて同年一二月三〇日までに完成したが、右所有権移転登記手続をしないで現在に至つていることが疏明せられ、右認定を覆えすに足る疏明がない。

二、新立木に対する債権者の所有権。

成立に争いのない甲第七号証≪中略≫を綜合すると、債権者が、本件山林及び旧立木の所有権を取得してその引渡を受けた後、昭和三年秋頃から同四年にかけて、旧立木の内約八割を伐採搬出しその跡に杉檜苗木を植林して今日までこれを撫育してきたこと、右植林した立木が別紙第三目録別表記載の立木の内、五〇年生以上の立木(この立木の内杉が旧立木の伐り残し分であるが、檜は、立木登記の対象になつていないから旧立木に含まれず、本件山林に包含される)を除いた全部の立木―新立木―であることが疏明され、右認定を覆えすに足る明がない。

してみると、債権者は本件山林の所有権に基ずく使用収益権によつて新立木を植林したものであつて、右植林当時、債権者の有する本件山林所有権の対抗要件欠缺を主張し得る第三者が存在しなかつたことが明かな本件においては、債権者は民法第二四二条但書により新立木の所有権を原始取得したというべきである。

三、新旧立木についての債権者の明認方法

成立に争いのない甲第二八号証≪中略≫を綜合すると、債権者が、前示の通り旧立木の内約八割を伐採搬出した直後、伐り残した旧立木の内、比較的太い立木に、債権者の商標である△印や、「草加山改」「草加山」等と記入しその後前示のように植林して後も昭和三〇年頃までに本件山林内及び本件山林と他の山林との境界線にある多数の立木に同様の印を逐次記入し、もつて新旧立木を含む本件山林上の立木が債権者の所有である旨を表示してきたことが疏明せられ、右認定を覆えすに足る疏明がない。

四、債権者の有する本件山林及び新旧立木所有権の第三者に対する対抗力の有無。

以上一ないし三認定の事実に徴すれば、債権者は、

(一)本件山林及び、旧立木についてはいずれも所有権移転登記を経由していないのであるから、正当な取引関係に基ずいて本件山林及び旧立木の所有権移転登記をした第三者が存するときには、この者に対して所有権を対抗し得ないことはいうまでもないところであつて旧立木について債権者が明認方法を施したからといつて対抗力が生ずるものではない。けだし、明認方法は立木登記がなされていない立木に対する所有権の公示方法としては有効であるけれども、一たび立木登記がなされた立木については、爾後の公示方法は登記による以外に許されないと解せられるからである。尤も債権者が旧立木と同時に買受けたと認められる別紙第三目録別表記載中の五〇年生以上の檜は、立木登記の対象でないから、これについては、本件及び山林及び旧立木の対抗要件具備の如何にかかわらず、前認定の明認方法によつて、第三者に対する対抗要件を具備したものといわねばならない。

(二)しかしながら、新立木についての債権者の所有権の対抗力については、別に考察する必要がある。即ち債権者は、新立木の所有権を原始取得したことは前示の通りであるから、これについては第三者に対する公示方法の有無にかかわらず、その所有権を主張し得るものといわねばならない。まして本件においては、これについて明認方法を具備していると認められるのであるからなおさらのことである。

五、本件山林及び新旧立木に対する債務者の権利の有無。

債務者は訴外東正実から、昭和三〇年一一月一一日及び一九日の二回にわたり、本件山林及び新旧立木の二分の一の共有持分を譲り受け、同三一年一月二〇日本件山林の右持分移転登記手続をしたと主張し、成立に争いのない乙第三号証の一ないし三によれば、右移転登記手続をした事実が明かであるけれども、成立に争いのない甲第二〇号証及び第二九号証の六に徴すれば、右登記をしている一事によつて、右登記の原因たる譲渡の事実が存したとは推認し難く、他にこれを認めるに足る疏明がない。却つて、右甲号証によれば、訴外東垣内忠馬がなんらの権限もないのに、訴外東正実に無断で本件山林の持分を債務者に譲渡した事実が窺われるところであるから、債務者が訴外谷向英吉に対し右持分を譲渡したかどうかの点について判断するまでもなく、債務者は、本件山林及び新旧立木についてなんらの権利をも有しないというほかはない。

六、そうすると、債務者は、本件山林及び新旧立木について債権者の所有権の公示方法の欠缺を主張し得る正当な利益を有する第三者でないといわねばならず、債権者は債務者に対して、これが所有権を主張し得るといわねばならない。(仮に債務者が訴外東から真実本件山林及び新旧立木の二分の一の持分を譲り受けた事実があつたとしても、債権者の所有権を否認し得るのは、本件山林についてのみであつて、本件山林上に生立する立木については、債権者の所有権を認容しなければならないことは、四に説示したところによつて明かであろう)。よつて債権者の主張する被保全権利(所有権確認ないし移転、抹消登記手続請求権)が存在するものと認定する。

第二、仮処分の必要性

成立に争いのない甲第一七及び第一八号証≪中略≫を綜合すると、債務者、訴外谷間向英吉及び大畠秋雄等が共同して、債権者代理人の伐採等禁止の警告を無視して、昭和三一年五月二五日頃から、訴外久保義彦等を伐採責任者として本件山林内に立入り、地上の立木数百本を伐採し、更に伐採をけいぞくしようとしていたことが認められるところであつて(この認定を覆えすに足る証拠がない)、右債務者等の行為は、債権者の本件山林及び新旧立木の所有権を侵害する急迫な強暴であることは多言を要しないところであり、右のような債務者の強暴を放置するときは、債権者が前示被保全権利を訴訟物とする本案訴訟において、訴訟判決を得てもその目的を達することができず、また、後記認定のような回復し難い損害を蒙るおそれがあるといわねばならないから、これを防止するために発せられた、本件仮処分決定、即ち、本件山林、新旧立木、及び、本件山林内の伐倒木に対する債務者の占有を解き、これを債権者の委任する執行吏の保管に付するとともに、債務者が本件山林に立入り、その地上立木を伐採し、又は右伐倒木の搬出を禁止する内容の仮処分決定は、これを発する十分な必要があるといわねばならない。

第三、本件仮処分と、先行仮処分決定及びその取消判決(又は決定)との牴触の有無。

債務者は、本件仮処分が、先行仮処分決定及び特別事情によるその取消判決又は決定と牴触する違法があると主張するので考えてみる。

一、仮処分決定が発せられた場合に、債務者がこれについて特別事情による取消の申立をし、これに対し、裁判所が特別事情の存在を認め、債務者において保証を立てることを条件として、仮処分を取消す旨の判決がなされた場合に、債権者が、右仮処分と同一の被保全権利及び保全の必要性を主張して更に仮処分申請したときにおいて(一)右取消判決が確定していない場合には、いわゆる二重訴訟として民事訴訟法第二三一条により後の仮処分申請は不適法というべく、(二)、取消判決が確定している場合には、その既判力により後の仮処分申請は許されないものと解すべきであるが、先行仮処分決定を、後の仮処分申請が、その当事者、被保全権利、又は、保全の必要性―延いては仮処分決定の内容―に差異が存するときは、両仮処分の債務者に対する事実上ないし法律上の拘束が同一である場合においても、なんら右二つの制限に触れるものでないことはいうまでもないところである。

二、本件仮処分に先立ち、

(A)債権者が、債務者を被申請人として、昭和三一年二月二〇日、当裁判所に対し、本件山林の二分の一の持分につき、その所有権を被保全権利として、債務者の処分を禁止する旨の仮処分を申請し、当庁昭和三一年(ヨ)第一〇号不動産仮処分申請事件として、申請通りの内容の仮処分決定がなされ、これに対し、債務者が特別事情による取消を申立て、当庁同年(モ)第九四号仮処分取消申立事件として審理の結果、同三二年六月二一日債務者において金一〇〇万円の保証を立てることを条件として、右仮処分を取消す旨の判決がなされ、

(B)債務者が、右取消判決に先立ち、債務者を被申請人として、奈良地方裁判所五条支部に対し、本件山林及び新旧立木に対する占有権を被保全権利として、右物件に対する債務者の占有解除、立入禁止等の仮処分を申請し、同庁昭和三二年(ヨ)第一六号仮処分申請事件として、同年四月二三日、右申請通りの仮処分決定がなされ、これに対し債務者が、前同様の理由による右仮処分取消の申立をし、同庁同年(モ)第三九号仮処分取消申立事件として審理の結果、同年一二月一六日、債務者において金三〇〇万円の保証を立てることを条件として、右仮処分を取消す旨の判決がなされ、

(C)債権者が、本件山林の登記簿上の共有名義人である訴外斎藤虎三、(訴外斎藤均治の相続人)を被申請人として、津地方裁判所熊野支部に対し、同訴外人の、本件山林に対する占有解除、立入ならびに立木伐採禁止等を求める仮処分を申請し、同庁昭和三三年(ヨ)第四号仮処分申請事件として、同年三月四日、右趣旨の仮処分決定がなされ、これが執行されたところ、これに対し債務者が、債権者を被告として第三者異議の訴を提起すると同時に右本案前の仮の処分として、右仮処分執行取消の申立をし、同庁(ヲ)第二四号仮処分執行取消命令申請事件として審理の結果、同年四月一〇日、債務者において金六〇万円の保証を立てることを条件として、右仮分執行を取消す旨の決定がなされ、

たことは、いずれも当事者間に争いがないところ、(A)の仮処分における当事者及び被保全権利と、本件仮処分におけるそれとは同一であると認められるけれども、前者は本件山林の二分の一の持分について、債務者の法律上の処分を禁止するものであるに対し、本件仮処分は、本件山林及びその地上に生立する新、旧立木に対する債務者の占有を奪い、かつ、債務者の事実行為を禁止するものであつて、両者は、保全の必要性ないし仮処分の内容を異にするものであり、(B)の仮処分の当事者及びその内容は、本件仮処分のそれと同一であるけれども、被保全権利は、前者が占有権であるに対し、後者は所有権であるから、両者その被保全権利を異にするものであり、また、(C)の仮処分の内容は、本件仮処分のそれと同様であるけれども、前者における債務者は訴外斎藤虎三であつて、本件仮処分と債務者を異にするものであるから、本件仮処分は、前段説示の理由により、右(A)(B)(C)の先行仮処分ないしその取消判決(決定)との間に、二重訴訟の関係がなく、又、既判力を受ける関係にあるものでないことは明かであるから、その余の点について判断するまでもなく、債務者の右主張は採用することができない。

第四、事情変更による取消事由の存否。

債務者は、第三説示の各先行仮処分取消判決(決定)がなされ、この判決が執行された事実をもつて、事情変更の事由に該当すると主張するけれども、仮処分決定についての事情の変更とは、仮処分決定が発せられた後に発生した事実をいうのであるところ、債務者主張の事実は、いずれも本件仮処分決定発令前の事実であることは、その主張自体によつて明かであるから、これを理由とする取消申立もまた理由がない。

第五、特別事情による取消申立の許否。

一、仮処分が発せられた場合に、特別の事情があるときは保証を立てることを条件としてこれを取消すことができることは、民事訴訟法第七五九条に定めているところであつて、同条にいう「特別の事情」とは、仮処分の被保全権利が金銭的補償によつて満足せしめられる場合を指すと解すべきであるから、仮処分の被保全権利が右補償によつて満足せしめられない場合、又は、右補償額の算定が不能若しくは困難である場合には、債務者が仮処分によつて著しい損害を蒙るときにおいても、特別事情による仮処分の取消は許されないと解すべきである。

二、ところで、債権者は、仮処分債務者が特別事情による仮処分取消を求めんがためには、その前提として、取消を求めるにつき正当な利益、即ち、仮処分によつて権利行使が侵害されていることを要するのであるところ、債務者の有する権利は、その主張自体によつても本件山林、及び、地上立木についての共有持分に過ぎないから、他の共有権者の同意がない限り、債務者が単独で本件立木を伐採搬出する権限はなく、従つて、本件仮処分がなされても、債務者はこれによつてなんら権利を侵害されていないのであるから、これが取消を求めるについて正当な利益を欠くものであると主張するので考えてみるに、仮処分によつてなんら権利の侵害を受けない債務者は、仮処分に対して異議及び特別事情等による取消申立をなし得る利益を欠くことは、当裁判所が、本件債権者と訴外大畠秋雄間の当庁昭和三三年(モ)第一〇六号仮処分異議事件につき、同三四年一月二六日言渡した判決において述べたところであるが、右は、仮処分債務者の主張自体によつても仮処分による権利侵害のないことが明かな場合のことであつて、少くともその主張によれば仮処分により侵害される権利の存在が認められる場合には、その権利の存否にかかわらず、異議又は特別事情による取消を申立てる利益があることは多言を要しないところである。本件において債務者の主張する権利は、なるほど本件山林及び立木の二分の一の持分に基ずく伐採搬出権であり、従つて債務者は、その主張する他の共有者たる訴外斎藤虎三の同意がない限り、単独で伐採搬出権を行使し得ないことは民法第二五一条に照して明かであり、債権者は勿論のこと、右訴外人も未だこれについて同意を与えていないことは、証人庄司雄行の証言によつて成立が認められる甲第二六号証によつて認められるけれども、右訴外人が将来も右同意を与えないとは断言できないのであつて、仮に債務者が右訴外人の同意を得ても、本件仮処分が存続するときは伐採搬出権の行使を妨げられることになるのであるから、この意味において債務者は本件仮処分によつて権利侵害を受けているものといわねばならない。従つて債権者の右主張は理由がない。

三、よつて、進んで本件被保全権利が金銭的補償によつて満足せしめらるべき性質を有するかどうかについて考えてみる。一般的にみて、本件のような被保全権利は金銭的補償によつて満足せしめられるべき性質のものであるということができるのであるが、次に認定するような特殊な事情から考えると、本件被保全権利は債権者にとつて単に経済的交換価値を有するに止まらず、或意味における公益的価値を有するとも認められ、これを全体的に観察すると金銭補償のみによつて満足せしめられるべきものではないと認められる。即ち、証人芝崎繁雄及び庄司雄行の証言、ならびに、債権者本人尋問の結果に、これにより真正に成立したと認められる甲第二三号証の一、二を綜合すると、和歌山県熊野川流域一帯に属する山林は、奈良、和歌山、三重の三県にわたる広大な地積を有し、古来より奈良県吉野川流域の山木とともに、わが国屈指の林業地帯を形成する地域であり、両者は果無山脈の表裏をなす地理的関係にありながら、後者が人工の巧緻をつくした集約的林業であり、その生産材は優秀をもつてきこえているに反し、前者は粗放経営であるために材質、生産共後者に劣るところから、和歌山県森林組合連合会、新宮市森林組合、東牟婁郡森林組合等の役員をしている債権者が、前者に属する本件山林において、材質の改良、生産の増強等につき研究の必要を痛感し、これが又山林の合理的経営の観念と直結するに至つたこと、債権者が右研究の対象たる実験林(試験林)として、過去三〇年間にわたり、本件山林においてその主張する(1)ないし(18)の通りの各種の実験、研究を続けてきたが、その成果は、なお、今後相当の年月を費やさねば確認し難いことがそれぞれ疏明される。債務者は、前示(A)(B)の仮処分取消申立事件において右認定のような主張を債権者がしなかつたのみならず、昭和三一年当時まで本件山林が草茫々のまま放置されていたから、右債権者主張の事実は存しないと主張するけれども、債権者が、先行取消申立事件において右事実を主張しなかつた事実をもつて直ちに右認定を覆えすことができず、又、昭和三一年当時まで本件山林が草茫々のまま放置されていた事実を認めるに足る疏明がなく、他に前示認定を覆えすに足る疏明がない。

右認定の事実に徴すれば、本件仮処分の被保全権利は、金銭的保証をもつて満足し得ない特殊な事情が存することが明かであるから、債務者の、特別事情による取消申立もまた失当であるといわねばならない。

第六、以上の理由により、本件仮処分決定を認可し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 下出義明)

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